メニュー

サブメニュー

リンク

琉球王国の歴史

沖縄はかつて「琉球王国(りゅうきゅうおうこく)」として1429年から1879年まで約450年間に渡り日本ではなく王国として存在していました。正式には「琉球國(りゅうきゅうこく)」という名称でした。

白山 賃貸について役に立ったのはここです。

しかし1429年以前までは琉球王国は山北・中山・山南3つの国に分かれていました。それを中山の尚巴志(しょうはし)によって三山統一がなされ琉球王国は誕生しました。北は奄美諸島から南は八重山諸島までの範囲を統治し、すべての島を総称して「琉球列島」とも呼びます。
しかし第一尚氏王統時代も長くは続かずにクーデターによって当時の尚泰久王の重臣の金丸が即位しました(これには諸説あります)。金丸は当時の外交に配慮し尚王家を配慮した形で尚円王(しょうえんおう)と名乗っていました。尚巴志が統制し金丸によって崩壊した時代を第一尚氏王統時代と呼び、その後の時代を第二尚氏王統といいます。

琉球王国の微妙な独立王国体制

第二尚氏王統時代は約400年続きますがその間にも独立王国とは思えないほど長期間表向きは中国に、実際には日本の薩摩と徳川幕府の両方に属しているような国際関係の中で存在していました。それは1609年3月に薩摩藩が3,000人余りの軍政を従い琉球諸島の北から攻めてきて、4月に首里城を占拠したことをきっかけに始まりました。やがて1871年に廃藩置県を実施に伴ってその矛先は琉球王国にも向けられ翌年の1872年に琉球王国を強制廃止しました。これを俗にいう「琉球処分」と呼びます。しかしその当時は中国にも属していたために日本と中国との間で領有権争いになりましたが、1879年に首里城から国王が追放され事実上琉球王国は滅びて強制的に現在の沖縄県となりました。
その後も沖縄は日本としての権利を得るまでには時間がかかり、第二次世界大戦では現在の日本の土地で唯一の地上戦を経験し、約12万人が死亡しました。敗戦後はアメリカの統治下にある時代もありましたし、実際に日本に復帰ができたのも統治から27年後のことでした。しかし本土復帰が行われた現在でもアメリカ軍の基地は多数存在し、日本にあるアメリカ軍の約7割が沖縄に置かれています。

任意保険のアクサダイレクト
家族のことを考えたら

沖縄県の歴史は様々なことに翻弄された歴史といってもいいでしょう。